2006年08月21日

パクパクとゲーム「初めて泣いた日」

「久遠寺蒼」さんという方が制作されたフリーで提供されているサウンドノベル「初めて泣いた日」をプレイしてみました。

http://sou.but.jp/haji/index.htm

これも「ナルキッソス」と同様にフリーで提供されている作品ですので感想は書きますが、評価点数はあえてつけません。 プレイ時間はアナザーストーリーも合わせて2時間程度。キャラクター画像は一切無く、実写を加工した背景画像にテキストが表示され、静かなBGMに乗せてストーリーが展開されていきます。ノベルゲームですので、選択肢や分岐もありません。 作品の出来については個人個人で判断してもらうとして、個人的にはかなり重く読ませるシナリオだったなという印象。 短時間でプレイできますので、興味のある方はぜひダウンロードしてみることをお勧めします。

では、ここからはネタバレ含む率直な感想を。

game_hajimete.jpg

先入観が無い状態でタイトルを見たときに、初めて泣くっていうことは「死」が絡むのかなぁ・・・と予想してプレイしていたのですが、やはり「死生観」をテーマにしたシナリオでしたねぇ。ナルキッソスの感想のページでも書きましたけど、個人的には「身近の人間の死」を扱う作品は安易なお涙頂戴モノになってしまうので好きではないです。

こういう作品をプレイする環境にある年代の人は、何かしらの近しい人の死を見てきていると思うんですよ。祖父や祖母だったり、親戚の誰かであったり、友達であったりと。そうした中で、誰もが『死』について1度ぐらいは考えたことがあると思うんですが、やはりどんなカタチであれ、人生において自分と関わりがあった人が亡くなれば、残された側とすれば純粋に哀しい気持ちになる。

そういった人間が生きていく上で「死」とは切り離せないもので、身近にある深いテーマではあるんだけど、それが創造の作品として表現された場合には逆に薄っぺらく見えてしまうんですよねぇ。 脚本家やライターさんにとって「死」という絶対的な別れをテーマにしないと感動を表現することができないのか?と。 特にノベル系のゲームで感動作品っていうと、大抵「死」を絡める作品が殆どなので、ある程度の作品をこなしてしまうと麻痺してしまうし、正直、ヒロインらが死ぬと感動うんぬんではなく「またか・・・」と冷めた気持ちになる。 

という訳で、自分は「感動したがり」な面があるんだけど、ノベル系のゲームでの「死」で感動を表現しようとしている作品は好きではありません。

で、特にこの作品は本編が1時間程度の作品だし、ボイスもキャラビジュアルもないのでキャラの掘り下げが浅く、プレイヤーとしてのパクパクにはあまり響いてくるものがなかったなぁ。 確かに、重いシナリオで作者が伝えようとしているのはよくわかるんだけど、姉の眞美が飛び降りた自殺にも、妹の都がベッドの上で息を引き取ったときも、主人公「瑠汐」が感じた心の動きがあまり伝わってこなかった。(文章では物悲しい表現が続いてましたけど。) 特に2人とも死に対して購うような葛藤や抵抗、生への渇望があまり見えないので自殺にしても、病死にしてもストーリー上の「予定調和の死」に思えてしまうんですよねぇ。

ただ最後のシーンで、施錠していた鎖が都の死と共に解け、自分を錠に、2人を鎖に例えて、思い出の場所で自分自身と2人の姉妹との関係を表現した件は、読み物としての〆方としては上手いなと思った。 作者の「久遠寺蒼」さんのテキストの書き方は繊細で綺麗な文章を書く人だなぁと思うし、BGMを含めた作品の雰囲気は嫌いじゃないので、次の作品は「死」を絡めないテーマの作品をプレイしてみたいと感じました。


posted by pakupaku(パクパク) at 04:50| Comment(0) | ゲーム「詳細レビュー」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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